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鎌倉を訪れる度"自分は俄か御家人だなぁ"と自嘲する。

南野英行
(社)神奈川県建築士会・理事


鎌倉将軍(源氏)と主従関係を結んだ武士を御家人と呼び扇の的を射抜いた弓の名手那須与一もその一人である。
当時の主従関係は今思うよりずっとドライなギブアンドテイクの契約関係だったそうだから私のように都合よい時だけの"俄か御家人"だってきっと居たに違いない・・・。

時代は下って1977年。高2の私は八幡宮の弓道場に馳せ参じ、与一ほどの名手ではなかったけれど昇段試験で初段を認許された。
それから30年目の昨秋、建築士仲間「えんぴつの会」メンバーと共に私は「アントニン&ノエミ・レーモンド展」で近美を訪れたのだった。

モダニズム建築巨匠二人の作品が直接出会う稀有な展覧会。 2階から階段を降りた私は吸い寄せられるように左手に歩を進めた。坂倉準三が意図的に産み出したであろうこのテラス空間においては、サイズやマテリアルは意味を持たない。
白いアスベストボードに反射した池の波紋は刻一刻と表情を変え、この軒下だけは微妙に重力が軽減されたかのような錯覚を覚える。
そして水面を渡る涼風が心地よく吹き抜ける時、この空間は訪れた人の五感に静かに訴えかけてくるのだ。
佇み、時を忘れ、何かを感じることを"誘発する場"であると。

―大先輩O氏―

馬渕建設(株)OBにして(社)神奈川建築士会の重鎮であるO氏。 ご高齢ではあるがいつお会いしても凛とした風貌に加え見識と人間味ある話題や人柄、そして笑顔の素晴らしい御方である。

今春、若き日のO氏が近美新築工事に直接携われたと知った。
近美の正面階段中央。 やや邪魔かとも思える位置に遠目からは頼りないくらい細長い鉄骨柱があるのをご存知だろうか?
我々から見ればどうということの無い姿に思えるのだが、資材調達にさえ苦労されていた1950年当時、あの鉄骨長柱を作製・施工するにはとてもご苦労されたのだとO氏から伺った。
俄か御家人と世界的モダニズム建築の糸は繋がったのだ!


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