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近美と私

ジェニファ・ワイゼンフェルド
デューク大学助教授、日本美術史専攻

 鎌倉近代美術館は、その多大な文化的貢献と建築デザインにおけるランドマーク的存在という意味において、まれに見る貴重な遺産のひとつとなっている。この美術館をこれほど特別なものにしているのは、それら二つの要素の完全なる結合にある。これまで指摘されているように、日本で最初の近代美術館として、日本におけるモダニズム、アバンギャルドの流入を示す芸術ばかりでなく、これらの領域における世界的な発展に寄与した重要な芸術を、他に例がない50年の長きにわたって収集、展示してきた近美は、数千の日本人と毎年鎌倉を訪れる外国人旅行者に、作品に対する批評眼的知識を与えてくれる。そして、それが位置する地理的意味合い、つまり歴史的な鎌倉市を構成する都市的要素に、日本における文化的都市景観にとって非常に重要であるダイナミックな統合をもたらしている。
 
 私がデューク大学の学部生に日本の建築史研究を教える時、いつも坂倉準三による鎌倉近美の建物を、ル・コルビュジエの国を超えたトランス・ナショナル(あるいはディアスポラ=離散)的影響を受けた、日本のモダニズム建築の代表的な事例として取り上げ議論する。私は、建築史家ではないため、他の専門家が私よりこの点を明確に指摘してくれるだろうが、この美術館の建物が、普遍的理念と地域的文化の完全なる調和のうえにあるモダニズム建築の成功例の一つであると私は言いたい。それは、モダニストによるこの大胆な表現が、鶴岡八幡宮の蓮池の景観を壊しあるいは邪魔することなく、突き出していることに当てはまるように私には思える。これは、鎌倉という環境に対する坂倉の感覚への信条である。もし、建物が何か八幡宮の敷地で一つの景観を見出すなら、それは、見るものが気付かないほどわずかに残るそれを最大限生かしていることにある。このように、建物は、土地と空間の感覚を積極的に変換するばかりでなく、それを計り知れないほど高めている。
 
 鎌倉近美は、保有するコレクションにある常設展、さらに19、20世紀の日本人芸術家で、アジア、欧米における文化多様性の中で活動するものによる、創造的混成作品の企画展を開くことで、その革新的な美術館という評判を得ている。坂倉の普遍性と特異性を結ぶ建物の位置付けと同様、美術館での展示作品は、絵画、彫刻、デザイン、ニューメディアの分野を橋渡しするものとなっている。これは、上物である建物の環境とそこで行われる活動が完全に共感を見せ、私見では、それらが離婚することがない場所であることを示している。さらに、鎌倉のような歴史的場所が単に過去の観光的な記念品として享受されるのではなく、現在に活動し、生活するという動きのある場所として見られるということが重要であると、私は信じている。現代社会において、神社と寺社が精神的で宗教的な目的のため、未だ機能しているのとまさに同様に、新しい世紀においても、それらは人々の生活に深く関わりをもち、そして、日本の視覚文化が、絶え間なく進展し、多様性をもつためには、鎌倉に坂倉の美術館のような、共感でき活力ある家が必要である。
 
 最近私がJAHF日本美術史フォーラム(JAHFはヨーロッパ、アメリカにおける日本の美術史家の主要団体)のEメール会報に鎌倉近美の不確かな行く末の発表について投稿した際に、数多くの関わりのあるメンバーから、保存・修復の活動への参加について問合せがあった。坂倉の建物が失われるという情報に対して広範囲にわたって驚きがあった。また、鎌倉の中心に位置しながら活動している近代美術館の維持についての関心もあった。私が誰か他の人に言おうと躊躇している間にも、ヨーロッパとアメリカにおける、美術史研究の仲間の多くが、美術館を救うこの保存運動を立ち上げた学者、学芸員、建築家、批評家、美術愛好家によるこの活動を支援すると言ってくれるものと思う
(翻訳:渡邉研司)


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